ドブ板通りのライヴハウスかぼちゃ屋の前でギターケースを提げて煙草を吹かしながらメンバーが来るのを待っていると通りがかりの知らない女の子に声をかけられた。
‘髪なが~い。キムタク?ねえねえ今晩ここで演るの?’
頭から足の先までひととおりさっと一瞥。う~んケントデリカットばりの分厚い眼鏡越しに見たらかわいく見えるかもしれない。
‘そうそう。見に来る?’
‘あー今日はだめ。これから予定あるもん。彼と会う。あたしクロ専門だよ’
‘あそう。ひょっとしたらオレのほうがいいかもよ’
‘ないない’
彼女とはそれっきりかと思っていたらその晩彼女は一人で僕らのステージを見に来ていた。
‘どうしたの?’ライヴが終わって彼女に話かけると彼女は屈託なく笑う。‘フラれたー!ヤツ来ねーでやんの。だから今晩あんたにつきあってあげる’
‘いいよエイズが怖い。それよりバンドどうだった?’
‘分かんない。まあまあ?’
かぼちゃ屋の近くのプールバーでバドワイザーを飲みながら彼女は訊いてもいないのに自分のことをべらべら喋りだすがどんな内容だったか思い出せない。彼ってすごく優しいの最高なのっていうセリフの割にその表情は何処か寂しげだ。ここにも何かに傷つきながら夜の街を彷徨い続ける女が一人。あまり深入りはしないように玉を打つ合間に相槌を返す。
カランと後ろのドアが開く気配がして振り返ると大きな体つきの黒人が入口に立っていた。その瞬間彼女の表情がぱっと明るくなる。そう。その一瞬だけ見間違えかと思うほど彼女がとてもかわいく見えた。
キューを放り出して彼女は黒人に駆け寄りその首にぶらさがるようにギュッと抱きついた。その小さな背中に二つの大きな黒い手が覆い被さっていく。
邪魔をしないように二人の横をそっと通り抜け店の外に出た。こんなよくある光景。二日酔のようなドブ板ブルースの微熱を避けるように。
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