夕暮れから宵闇まで、電車に揺られ橋を渡り、川を越え、車輌に射し込むヒノヒカリが斜めに傾きながら車窓に溶け込み消えてゆくのを見ている。
意味のない時間。皆がぼんやりとした思いにとらわれ、線路の上を鉄の車輪で走っている野蛮さをカウチの上で忘れている。
君の行き先はどこ。
この先には広大な世界そのものがある。その中では君のアパートは蟻のようなものだ。どこかに行ってしまえば探せず、蟻たちの中に入れば、どれが自分のかは見分けつかない。その中に降りてゆくのは恐くはないかい。
困っているんだ。助けてくれ。自分の家の駅で降りたんだ。でも何か違う雰囲気がした。いつもの通りを歩けば嫌な予感がした。着いてみたらアパートには、二階には206までしかなかった。世界の端から207がケーキのように切り取られた。いや、アパートだけでなく、俺以外の俺のすべてが切り取られてしまった。電話したら誰もいなかった。一人も。
振り出しだ。この歳で。
本当の意味で。多分、職場も消えてしまったと思う。何故、独り残されたのか。一緒に消えるべきだろう。あの電車に乗らなければ、あの路地に入っていたら他の全てと一緒に一瞬で消えられたのに。
だから今、目の前を通り過ぎる202の君に声をかけようとしている。声が出るのか不安に震えながら何と言おうか分からないまま。
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