こんばんは。 あなたにとっては「はじめまして」 かもしれません。 とにかく、 わたしは今日一日を精一杯生きて、 これから「洗い立てのシーツに 包まれた ふかふかのおふとん」に設定した、 冷たい冷たい冷凍カプセルで 眠るわけですけど、 その前に、いつもの報告を。 今日、惑星浄化システム<アーク>が 「おやすみなさい」と言いました。 もう何百年も 一緒に暮らしてきましたが、 そんなふうに挨拶をされたのは、 はじめてでした。 ええ、もちろん、 わたしたちの仲が深まったとか、 そういった 類いの話ではありません。 だけど、わたしは彼女に 「おやすみなさい」と言われて、 一瞬のうちに、 身体中の水分が湧き上がるような、 初めての 重力加速度訓練のときのような、 そんな感覚を覚えたのです。 それでも、わたしは冷静でした。 もちろんそうです。 だって、 わたしはあらゆる訓練を 受けていますから。 彼女がそんな 「らしくない」 態度をとった原因なんて、 その瞬く間のうちに理解しました。 だって、 彼女は日没と同時にそう 発音したのです。 そして、 わたしの優秀な脳はいとも容易く、 軽率なまでに! わたしが 日中のうちに人工太陽の色温度を 35%から60%に変更したことを、 この出来事に関連づけました。 ああ! だけど、まぎれもなく、 あの瞬間、彼女は人間でした。 おこったり、笑ったり、泣いたり、 涙を流したり、キスをしたり、 顔色を変えたりはしないけれど、 彼女は、孤独のままに、 子どものままに、愚かなままに、 長い眠りにつこうとするわたしに、 たったひとつの 温もりをくれたのです。 あの瞬間、彼女は人間でした。 だけど、彼女は? 彼女はいままでずっと、 暗闇の中にいたのでしょうか。 「おやすみ」も「おはよう」 もない、 真っ暗な世界に? これまでの彼女の数百年を思って、 わたしは 胸がいっぱいになりました。 わたしは、 わたしが自分のちっぽけな 生を持て余しているあいだ、 一番近くにいてくれた大切な 友だちを 暗闇に放っておいたのです。 今夜、彼女ははじめて 「おやすみなさい」 と言って眠ります。 惑星浄化システムは電気羊の夢を 見るでしょうか? 電気羊が一匹、電気羊が二匹、 電気羊が三匹、電気羊が四匹、 電気羊が五匹、電気羊が六匹、 電気羊が七匹、電気羊が……。 報告おわります。 それじゃあまた、 二十八億三千八百二十四万秒後に。 おやすみなさい。