山より山の奥までも。 山より山の奥までも 道あるや時代なるらん これは魏の文帝に仕え奉る、 臣下なり。 さても我が君の、宣旨には。 レッケンザンの麓より薬の水、 涌き出でたり。 その水上を見て参れとの、 宣旨を蒙り。 只今山路に、赴き候。 、急ぎ候程に。 これハはやレッケンザンに、 着きて候。 これに庵の、見えて候。 まづこの辺りに、徘徊し。 事の子細を窺はばやと、存じ候。 それ邯鄲の枕の夢。 楽しむ事百年。 慈童が枕は古の。 思ひ寝なれば目も合はず 夢もなし。 いつ楽しみを松が根の。 いつ楽しみを松が根の 嵐の床に仮寝して。 枕の夢は夜もすがら 身を知る袖は乾されず。 頼みにし。 かひこそなけれ独寝の 枕詞ぞ怨みなる 枕詞ぞ怨みなる 不思議やな、この山中は。 狐狼野干の、住処なるに。 これなる庵の、内よりも。 現れ出づる、姿を見れば。 その様化したる、人間なり。 如何なる者ぞ、名を名のれ 人倫通わぬ、所ならば。 そなたをこそ化生の者とは、 申すべけれ。 これは周の穆王に、召し使われし。 慈童がなれる、果ぞとよ これは不思議の言い事かな。 真しからず、周の代は。 既に数代の、そのかみにて。 王位もその数、移り来ぬ 不思議や我は、そのままにて。 昨日や今日と、思ひしに。 次第に変わる、そのかみとは。 さて穆王の、位は如何に 今魏の文帝、前後の間。 七百年に、及びたり。 悲想非々想は知らず、 人間に於いて。 今まで生ける、者あらじ。 いかさま、化生の者やらんと。 身の怪しめをぞ、なしにける いやなほも、そなたをこそ。 化生の者とは、申すべけれ。 忝くも帝の、御枕に。 二句のげを書き添え、賜はりたり。 立ち寄り枕を、御覧ぜよ これは不思議の事なりと。 各々立ち寄り読みてみれば 枕の要文疑いなく 具一切功徳慈眼視衆生。 福寿海無量是故應頂礼 【地】この妙文の菊の葉に。 置く滴りや露の身の。 不老不死の薬となって 七百歳を送りぬる。 汲む人も汲まざるも。 延ぶるや千歳なるらん。 面白の遊舞やな ありがたの妙文やな 即ちこの文菊の葉に。 即ちこの文菊の葉に 悉く現る。 さればにや。 雫も芳ばしく滴りも匂ひ。 淵ともなるや谷陰の水の。 所はレッケンの山の滴り菊水の流れ 泉は元より酒なれば。 汲みては勧め掬いては施し 我が身も飲むなり飲むなりや。 月は宵の間その身も酔ひに。 引かれてよろよろよろよろと。 ただよひ寄りて 枕を取り上げ頂き奉り。 げにもありがたき 君の聖徳と岩根の菊を。 手折り伏せ手折り伏せ。 敷妙の袖枕。 花を筵に臥したりけり 元より薬の。 酒なれば 【地】元より薬の酒なれば。 酔ひにも侵されず その身も変わらぬ 七百歳を保ちぬるも。 この御枕の故なれば。 いかにも久しき千秋の帝。 萬歳の我が君と。 祈る慈童が七百歳を。 我が君に授け置き所は レッケンの山路の菊水。 汲めや掬べや飲むとも飲むとも。 つきせじやつきせじと 菊かき分けて山路の仙家に。 そのまま慈童は。 入りにけり