華やかな大通りの 棄てられた蝙蝠(こうもり)傘の下 草臥(くたび)れた尻尾上げて 毛繕う黒猫在りました 「ちょいと道往く其処の御嬢さん、 御出(おい)で此処らで一つ 話ましょう」 猫は云う「今日の噺は、そうだ昔に 路端で聞いた愉快な悲恋など」 「昔交わらざる身の上の 淡い恋に溺れた烏と兎が居ました」 「叶わない夢なのでしょう? オキノドクサマ」 「いいえ、冷たい旅路の果てに 二匹身体を捨てて結ばれたのです」 「なんだか可笑しな噺ね」 薄芽吹く街路樹を 眺め見るハイカラ服の横 草臥(くたび)れた尻尾振って 手を招く黒猫在りました 「此れは何時かの可愛い御嬢さん、 今日はも一つ噺聴かせましょう」 猫は云う「そうだな今日は、ええと 嫉妬の炎に舞った醜い蝶の噺」 「そして番(つがい)を離れた揚羽は 曾(かつ)て愛した雄を 喰い荒らしました」 「どうやら有り触れた 寓話(くるわ)のようね、 オアイニクサマ」 「いいえ、痛快なる喜劇には 惨たらしい落ちが付き物なのです」 「なんだか報われない噺ね」 「やあや、またまた逢った。 御嬢さん、今日は最後に一つ 聴かせましょう」 猫は問う、嗄(しゃが)れた声で 「御存知だろうか百回生きた お喋り猫の噺」 「時に歓天喜地の夜も 又は 老少不定(ろうしょうふじょう)、 異域之鬼(いいきのき)の代も」 「成程話題には欠かないようね、 ゴシュウショウサマ」 「振り返る先に猫は無く 街の風に揺れる雨傘カラカラ」 「なんだか不可思議な噺ね、 ――嗚呼」 娘は哂わらう 「今宵は雨かしら」