「夢はいつか叶う」 「諦めたら駄目だ」 そんな綺麗事ばかりが 好きな彼女だった。 その日いつものように 安いバイトを終えて、 重いドアを開けても 彼女の「おかえり」は無かった。 死んでいた。 冷たかった。 綺麗だった。 可愛かった。 傍らには白紙の 遺書が置いてあった。 物書きになろうと思ったのは つい最近の話だ。 彼女の死を僕だけが 知らなかったからだ。 その後、 葬式はいつのまにか終わり、 僕は元のバイトで 稼ぎながら書いた。 小説の主人公は、君と同じ名前だ。 プロのアーティストを目指し 上京した女の子。 ありきたりな話を 自慢気に書いていた。 先輩には馬鹿にされ、 バイト先を辞めた。 貯めた貯金を糧に 死んだように書いた。 君のそばに行けるような 気がしたのはまぐれだ。 あらすじはこうしよう。 「夢はいつか叶う、 諦めたら終わりだ、 負け犬にはならない」 「私の今までが 報われるその日まで」 「私の今までを 勝者だって笑うために」 「私の今までを 勝者だって歌うために」 もっといろんなものを 書いてみたくなった。 なんとなく応募した。 世の中はどよめいた。 空白で埋もれていた 今までの人生が、 雨の香りのように 辺りに散らばっていく。 金が湧いて人が湧いて その中で笑った。 僕はやっと今こそ、 全て報われたのだ。 お金の使い方が荒くなったある日、 好きでもない後輩との 飲み会で言われた。 「過去になって良かった」 「今、幸せそうですね」 金があって、人があって、 女だって捨てるほどいて、 ああ、こんなものが 幸せだったのか。 彼女の遺書が家のどこにも無くて、 そうだ、 つい最近何食わぬ顔で捨てた。 もはや生きる意味と 成り果てた小説の きっかけなんて小さなものだった。 変わり果てた家の家具、 君の匂いは弾けた。 涙した、崩れ落ちた、 醜く、苦しく。 それでも僕だけが生きるのだ。 金が湧いて、人が湧いて、 そんな僕の歴史だ。 ああそうだ。 僕すらも知らない 君が死んだ意味を、 僕すらも知らない 君が生きた意味を、 僕すらも知らない 君が死んだ理由を、 僕はずっと白紙の過去に 刻みたいのだ。 僕すらも知らない 君が生きた日々を。 僕だけが知ってる 君が死んだ日々を。 「夢はいつか叶う」 「諦めたら駄目だ」 そんな綺麗事ばかりが 好きな彼女だった。 その日いつものように 安いバイトを終えて、 重いドアを開けても 「おかえり」は無かった。 そこにいつものような 彼女の笑顔はなく、 傍らには白紙の 遺書が置いてあった。 彼女の死を僕だけが 認めたく無かった。 物書きになろうと思ったのは そんな理由だ。